魅入られて

逆翻訳ウイルスにまつわる、JKとセンセの怪奇譚

魅入られて 2-6 途絶

6節 途絶


 何度目かの「SNS中断と再開」を経て交流は続いていた。そういう点では、私にも責任はあることは自覚している。 

 ただ、共に相手を想い合っているという確信は、恋は盲目とまではいかないまでも周囲を軽くみてしまうことに繋がってしまっていた。


 ラインは相手の情報がある程度残ってしまう。表示される名前を変えても、会話の内容を見れば、相手の特定は容易だろう。警戒すべきはアカネの親だから、これでは意味がない。インスタグラムのアカウント(垢)は頑張れば5つほど持てるし、お互いが知っている。


 そこでお互いがお互い専用の垢を持ち、フォローし合わない関係を維持することにした。一見無関係の、実は親密な関係である。これでDMも送れるしビデオ通話もできる。文の中で私たちは「ブルー」と「モエ」になり、互いに呼び合うことにした。お互い事情が許すときにはビデオ通話にして、声を忍び、互いの顔を映し合って無声音でささやきあうのだ。


『大好き』
「ありがとう」
『会いたいね』
「そう、隣がいいね」
『手をつないで』
「手に汗かいちゃう」


 時にアカネは大胆だった。寝起きのスッピン顔でビデオ通話に出てきたこともある。もう少ししたら出掛けるからと、更衣しながらビデオ通話してきたこともある。当然服は着用していたが、際どかったことも否定はできない。だって…下着だけだなんて思わなかったぜぃ。

 また2度ほどはシャワールームからの通話があって… さすがに声だけで…自分の姿をカメラに向けることはなかった。当たり前か…


 そうしてアカネが自然に心を許してくれていたことに満足していた。ただし、大切な後始末を忘れてはならない。今夜の会話が終わったら、DMの会話を削除すること。アカネはたいていこれを守ってくれていたようだが、たまに忘れることもあって私をヒヤヒヤさせた。


 私のインスタ秘密垢はフォローもせず、されず、写真を載せるわけでもなくストーリーズへの参加もなく見た目マッサラのままだった。目的はDM、ときにビデオだったから、当たり前だ。下手に何かの手掛かりを残して、周囲に気付かれたくはない。


 プロフィール写真は花などでごまかし、書いてある名前も内容もデタラメ、まあ何でも良かったワケだ。ときおり似たような垢を見掛けることがあるが、たぶんそういう事情なのかとスルーすることにしている。


 アキの場合、アキのお気に入りのキャラをプロフィール写真にしたら、周囲に『あの垢アキのでしょ?』と指摘されたそうだ。げにJK集団はおそロシア


 アカネはさすがに心得ていて、まるでガサツな男みたいなプロフィール写真だった。名前は「ホダカ」だって、ヒヒヒヒヒ。


 毎日が消化試合のように過ぎていった。一生懸命でないとは言えないが、打ち込んでいるとまでは言えない。この半端な気持ちが繰り返されて、時に叫びたくなることもあった。


 そのへんは生徒さんと「お互いさま」と言える状況だったかもしれない。


 打ち込んではいなくても、私の授業の質は悪くはないと思っていた。それは…どの高校でも、誰が作ったテストであっても、私の担当クラスの平均点は悪くても互角、たいていは数点は上だったからだし、赤点(欠点)を滅多に出さない…というか出す必要がない成績を生徒諸君が獲得してくれたからでもある。むろん普段から意識しないとこういう成果の差は表れないものだ。


 ときには授業中にはこんなことを言って気を引くのだ。


「さて、今日は次の期末テストの問題をバラシテ… 知りたい?」
『知りたい! 教えてください』
ノリの良い生徒さんが声を上げてくれる。


「じゃ、公開で教えちゃうから、しっかりマスターしてよ」
『ええ、それ難しいですか?』
「そうくると思って覚える方法を考えといたよ。知りたい?」
『しりた~い!(多数) おしえて~(多数)』


「じゃ、ちゃんとやってよ。みんなができないと、私虚しいじゃん」
『まかせてください』
と応えるのはお調子者である… なんちゃって。協力してくれてありがとう。

 

 ただ、こちとら生徒が何と言おうと、結局は説明するつもりなのだ。


「ホルモンの暗記とかさ、ヒトの顔と名前と性格と趣味を一致させるようなもんだから。いろいろ関連させた連歌を作ったから、参考にして覚えてね。いくよ」


 パソコン画面を黒板に投影しながら、例えばホルモンの名称と働きと内分泌線の名称を関連付けるフレーズを紹介し、必要なところは板書する。むろん私のオリジナル作品である。


【語呂合わせ連歌】:血糖値に関わるホルモンと部位と作用の覚え方


① 乱暴飲酒、 健康低下  ← 常識がツールに! 
 すい臓ランゲルハンス島B細胞から出るインスリンは健康も血糖も下げる


② グリコランナー、 グルグル上昇(グ〇コのランニングおじさんのイメージ)
 グリコーゲンは、すい臓ランゲルハンス島A細胞が出すグルカゴンが肝臓に働きかけることでグルコースに分解され、血糖が上昇する


③ あ、どれ上昇?  服ジーンズ?  
 アドレナリンでも血糖上昇、副腎髄質


④ 被服担当官、こっち来いよ!   ← ランニングもジーンズも服繋がり
 副腎皮質は、肝臓にタンパク質を糖化するように命じる「糖質コルチコイド」を分泌する《登録販売の問題では「アルデステロン」という名になる》



【語呂合わせ5・7・5】:その他ホルモンの部位と作用の覚え方


⑤ 紅葉の 水彩、九州ソバ農家
 後葉から出る 水(みず)の再吸収を促進するホルモンは
  バソ(そば)プレシン、脳下垂体…


⑥ 骨太な パラリンピックの 服向上
 骨太でCaを連想してください…  パラトルモンは Ca(カルシウム)と
 P(リン)の調節、副甲状腺


⑦ 工場で チロッと愛して 変態か?
 甲状腺が出す チロキシンはI(あい:ヨウ素)を含み、 両生類の変態や、
 異化(細胞の代謝)を促す


⑧ 火吹く人 納豆すすって ここ来いよ
 副腎皮質から出て 原尿からのNa(ナトリウム)イオンの再吸収(啜る)に
  関わるのは 鉱(コう)質(コ)ルチ(コ)イド。
 ちなみに人(ヒト)はジン(腎臓)の読みとかけてあります。


「ここは無理やりでもマスターするしかないところなんだよ

からしっかり覚えてね。
次回からしつこく小テストやるから…いいね」


『え、むり~』と『わかんな~い』と『やだぁ』の声が交錯する


「でも何にもないよりはラクになったでしょ? 
 私も赤点出したくないし、全員がここだけはちゃんとやっといてよ」

こういうダメ押しも結構重要だったりする。


 こんな感じで授業を進めていても、内面は鬱病のようだった。


私はいったい何をしているのか…


 なのに…周囲の方に、ときどき「明るい人物」だと言われたのは不思議だった。
そんな…無論演技だ。



 インスタ交際は誰にも悟られず順調に続いていた。もしかしたらユリだけは知っていたかも知れない。ときに深夜におよび、アカネが寝落ちしてしまうこともあった。


『温もりがほしくない?』
「ほしい、アンカ!」
『そんなときどうする』
「アンカを作るか、買う」
『いるじゃん』
「会えないじゃん」
『会いたいね』


「そうだな… フクロウさんになる」
『ホー なって?』
「アカネのとこに飛んでく」
『きてきて! はやく』
「窓開けといて」
『まってる』


「アカネの家ってどこ?」
『駅前近くのファミレスわかる?』
「うむ」
『歩いて東に五十歩』
「あの辺かな」
『そこのお家の北側の、桃色のお家だよ』
「いくぅ」
『ねぇまってる』


 しかしなぜか十一月上旬になって、会話の内容が一変した。会話も甘えもないわけではないが、なぜか「ゲノム」とか「DNA」というコトバについての質問がやたらに増えてきたのだ。


『教えて!』
「なんでもどうぞ」
『ゲノムって結局何?』
「その生物に必要最少の遺伝子セット。去年教わったら? 誰かにさ」
『ほぼ寝てたもん。最近知りたくてさ、それどういう意味?』


「ヒトなら染色体46本中の半数23本分。精子や卵細胞1つの中に入ってる染色体だよ」

『どの生き物も同じ?』
ショウジョウバエ8本、エンドウ14本、ザリガニは200とか」
『ヘビさんは?』
「シマヘビは16本、だから1ゲノムは8本だね。他は知らない」
『それで性別が決まる?』
「そういうのも、違うのもいるよ」


 脊椎動物の哺乳類はX染色体2本がメス、X1本Y染色体1本がオスになるけど、ワニやカメなどの爬虫類は、染色体よりもむしろ卵の孵化までの温度が重要だ。たとえばミシシッピーワニは、30℃ではすべてメスに、33.5℃で孵卵するとすべてオスになるという。


『先生、たとえば人間とヘビは合いの子はできる?』
「いまのテクでは無理」
『DNAが違うから?』
「DNA数=染色体数。そこにある遺伝子の種類も数も違うから」


「でも染色体ってみんなXみたいな塊でしょ?」
「うん。そのDNAの長さとか遺伝子の種類や数や並び方は、生き物ごとに違うんだ」
『むずいね』
「ヒトでは遺伝子2万種、タンパク10万種、染色体のDNAを繋ぐと1m、塩基対数約30億」

「待って先生、頭痛来た」

ざっとこんな感じである。


 唐突にアカネが登校してこなくなった。朝起きて来ないので兄が様子を見にいったところ、意識を失くしたアカネを発見したらしい、とユリが話してくれた。ただ…心当たりはないこともない。実は直前の日曜日の午前、アカネとはこんな会話をしていたからだ。


『ねえ今から会ってくれない?』
「それは無理。生徒だし、スマホGPS監視付きだろ?」
『今日は大丈夫。家族いないの』
「…とはいえ、今からお出かけ」
『先生ひとりで?』
「ふたりで」


『ねえどうしてもだめ? 3時間後でも』
「うん。じゃ明日学校で」
『今じゃないと意味がないの』
「そんな緊急?」
『アカネには緊急なの!』
「だから無理だって… じゃ出掛けるよ」


『そっか。アカネは大事じゃない?』
「大事だけど、今は無理」
『そう、あきらめるよ』
「削除お願い」
『はぁい』


 こんな会話の後だから…気にならないワケがない。しかし…これを他人に語るワケにはいかなかった。


 かつての問わず語りでは、アカネの家族は母、兄、アキ、弟の4人で、親戚は北関東に多く、お墓は栃木だか群馬方面らしい。私を気に入った理由の1つが「父」を求める気持ちであったのだろう。家計が苦しそうな形跡は感じたことがなく、それなり潤った生活をしていたはずだ。何度か見た写真や送られてきた写真でも、身形は常にファッショナブルだった。でも何度か隠れバイトをしたとも言っていたし、正確なことはわからない。水泳で鍛えた身体にいったい何が起きたのだろう? 


 あるいは、もしかして…