魅入られて

逆翻訳ウイルスにまつわる、JKとセンセの怪奇譚

魅入られて 4-6 改変

6節 改変

 

 さて、ここでいう染色体改変とは…

 後日レイの分身とレイの仮想的カラダを借りて話したときの情報を交えて確認しておこう。

 

 ヒトの染色体数は46本、一ゲノムはその半数の23本でそのDNAの総延長は約1mである。ゲノム(genome)とは、gene(遺伝子)+chromosome(染色体)に因んだ造語で,精子1個には父由来の1ゲノム、卵細胞1個には母由来の1ゲノムが存在する。


 1ゲノム分のDNAの塩基配列は約30億塩基対と言われるが、そのうち酵素を含めて直接タンパク質を合成する情報(エキソンという)は約1.5%だとされている。えっと、誤植ではなく入力ミスでもなく、たったの いち てん ご %である。

 つまり残りの98.5%は、DNAの塩基配列であっても、タンパク質の設計図ではない遺伝情報なのだ。

 

 んっ、それってなんだ?

 

 遺伝情報はいつもすべてが発現しているワケではない。

 例えば赤ちゃんのときだけ働く遺伝子。強力な増殖力を誇りどんどん成長を推進する。ほとんどガン細胞並みといって良い勢いで増殖し、成長する。

 例えば性別によって働く遺伝子の種類や発現量も違ったりする。一次性徴、そして二次性徴。お年頃になる少し前、女子ならば胸が大きくなり、思わず触れたくなるような美しい肌と脂肪分とツヤが特徴的な、悩ましき曲線を描く身体になる。


 そして男性は… 

ま、こっちはテキトーに考えてくれ…

なぜか描写する気にならないので…(苦笑)

 

 もうお分かりだろうが、遺伝子が発現する複数の条件や、時間的あるいは量的条件を決めていたりするのもDNAおよび細胞質やホルモンの共同作業なのだ。

 

 こうしたゲノムを1対ずつ持つ卵細胞と精子とが受精して1細胞中に2ゲノム存在するのが受精卵である。この46本のDNAは、受精卵からヒトだけを造り出すことができる能力を持つ。無論母体の協力は不可欠であるが…


 この受精卵が分裂して多数になり、時期や場所に応じて分化したのが「体細胞」である。体細胞の塊ができれば、あとは母体が胎児を育んでくれるだろう。

 

 しかし… ヘビとヒトという組み合わせでは、民話にみられる異種交配奇譚などのような雑種をつくるのはまず不可能である。

 

 ヒトは哺乳類(哺乳綱)だが蛇は爬虫類(爬虫綱)である。ドメイン・界・門・綱・目・科・属・種の分類段階で言うならば、異綱交配(爬虫綱と哺乳綱)に相当するワケだ。通常絶対に生殖不可能であり、間違っても子供など生まれることがない組み合わせなのだ。

 

 確信を持って言える実例がある。日本では時代は太平洋戦争後、昭和の中期頃である。

まだ動物園の役割が「動物の保護」では無かった頃、とにかく話題を産み、客を集めることが大切だった。そういう時代の雰囲気の中でレオポンライガーが誕生した。

 

 レオポンはレオ(ライオン)が父、ポン(パンサー:豹)が母になった雑種である。

 ライガーはライ(ライオン)が父、ガー(タイガー:虎)が母になった雑種である。

 どちらの雑種も、父母それぞれの特徴が各所に混ざっており前衛的かつ実験的研究

…というより見世物としては最高の出来だったかもしれない。しかし重大な欠点があった。それは、雑種の二代目ができなかったことである。

 

 だからライオンと豹は同じネコの仲間(ネコ属)であっても別の種類だと言えるのであり、ライオンと虎とは別の種だと言い切ることができるのだが…

 

 たかが「種」レベルでもこうなのだから、属、科、目が異なれば雑種さえできないことは明白だろう… 普通なら。

 

 普通なら… ね。

 

 いやいや、そこに遺伝子工学の知識と技術をぶち込んだら、強制的に雑種細胞を造ることができるじゃないか!

 

 ならば… ヘビのゲノムとヒトのゲノムをなんとかミックスさせた体細胞を造ることができたなら、なんとかセックスさせなくても雑種が生じるのではないか? 

 うふふ、うまく韻を踏めたかも…


 そうすれば蛇族の精神とヒトの身体および知性を持つハイブリッド(雑種)ができるかもしれない…

 それが蛇塚一族の強烈な目標になった。

 

 もし… 

 蛇がシマヘビだとすると染色体数は16だから、1ゲノムは8本である。ヒトかヘビか、どちらのゲノムに合わせたのかはわからないが、塩基対数(長さ)や必要な遺伝子の辻褄を合わせて、染色体改変人間を創ってきたのだろう。これには高度な遺伝子工学的技術と操作が必要であり、手足のない蛇族には至難といえる。だからこそ彼らは手足や指を持った「ヒト型の身体」を要求したにちがいない。

 

 確認の意味で蛇塚一族がたくらんで成功したことを、想像だけでシミュレートしてみよう。

① 蛇の卵核(1ゲノム分)から、必要な蛇族遺伝子を選んで編集し、ヒト卵DNAの適当な部分にレトロウイルスを用いて組み込む

② ①を模造核膜で包み、除核したヒト細胞に挿入してから、その細胞を増殖させる

③ ②をコルヒチンで処理して染色体不分離を起こさせ、染色体数を倍加させた細胞核を作っておく(コルヒチンで処理すると、染色体数は倍加し、2ゲノム分になる)

④ 別に採ったヒトの卵に、紫外線を照射して、元の卵にあったヒトゲノムを無効にする

⑤ ④に③の核を注入して発生させ、桑実胚(そうじつはい)程度にまで大きくする

⑥ 適当な代理母の子宮に、⑤を着床させて胎児にする

 

 こんな操作をすれば「染色体改変人間」を創ることができるはずだ、理論的には…


 これは通常の個体として遺伝的には有り得ない全くの純系(ホモ接合体)であり、ある意味都合が良いが、近交弱勢が起きやすいし、いったん検査されればすぐに怪しまれてしまう。蛇塚一族の優秀な頭脳は、もっと簡単でバレにくい方法を思いつき、実現したことだろう。

 

 しかし、産まれただけではあまりにも不完全とも言える。ヒトの社会に紛れて、自然に暮らせるカラダとココロ、そして知性を実現するために、幾多の選抜と犠牲があったことだろうか。

 

 あの頃…

アカネはおそらく蛇塚一族の長老あたりから遺伝子操作のあやふやな知識を教わったのだろう。だから今まで何の興味もなかったゲノムのことなどを訊いてきたのだ。


 そしてたぶん私へのむごい報復を指示されたが、その指示への疑問か、私への同情からか、課された使命をなかなか果たすことができなかったのではないか?

 

 アカネの失敗を受け、急遽「蛇族の恨みをコードした遺伝子を付加」した「逆翻訳・逆転写酵素を持つウイルス」を感染させた改良型人間、それがミキであったらしい。遺伝子起源的にはアキと姉妹の関係にあたり、周囲のヒトには内緒のままに、しばしば緊密な連絡をとっていたに違いない。 

 

 つまりミキはアカネのバックアップとして蛇塚一族の意を受け、「冬休み前のキス事件」を演出し、私を通報したのだ。

 しかし後付けで「蛇族の恨みコード」をされても、内心ではその感情に共鳴しきれずに、気乗りしていなかったのだという。

 

 こうして並べてみると、始めはアキ、次にアカネが、十月からはミキが蛇塚一族の代表だったことが分って来る。ただ不思議なのは、彼女たちがもう少し強く誘惑すれば、私など簡単に料理できるじゃないか、という疑問が残ることだ。なぜだろう。

 

 私はアキが好きだし、アカネも好きだし、ミキも好きだ。ヤッテしまいたかったのも本音だし、浮気者と言われても仕方ない。自惚れかも知れないが、どの娘も本気で私と接してくれていたと信じている。

 しかしどの娘とも最後までイッてはいないし、彼女たちが私をまんまと貶めたときの報酬は何だったのだろうとか考えたすと…もうわからなくなる。


 私は爬虫類とは波長が合うから、みんなが庇ってくたんだ、と私は信じることにした。最後は蛇塚一族の長老や指導蛇とかに強制的に命令されて、仕方なく私を誘惑したのだろう…なんてね。

 

 ちなみにユリも… アキと並行して進められた別の方法で染色体の改変をした人間らしい。その方法をレイの分身の情報をもとにして、おおまかに推定してみよう。

 

①最初にできた染色体改変人間用の細胞からX染色体を一つ除き(ドラムスティック染色体が出来たときに除く)代わりに「Y染色体を加えて」ヒト雄を作る。

②①の細胞から作った精子を通常のヒトの卵に受精させ、代理母が出産する。

(実は必要な代理母をどうやってどのくらい調達したのか、非常に興味を持っている)

 

 身体が丈夫で比較的いろいろな検査成績が良好でも大柄だったため、アキやアカネ、ミキのようなエージェントの監視や支援の任務についていたらしい。

 だとしたら、アキとアカネに見切りをつけたときに、なぜユリを利用しなかったのだろうか。ミキを送りこむために「蛇族の恨みをコードした遺伝子を付加したウイルス」を感染させたりと、それなりの手間と費用がかかったはずだ。


 確かに私とユリの相性はさほど良くはなかったが、特に悪いワケでもなかった。そして当時ユリにはおつきあいしている高校生がいた。私には理解できなかったが、相手には相手なりの事情があったのだろう。