魅入られて

逆翻訳ウイルスにまつわる、JKとセンセの怪奇譚

魅入られて 2-8節 爆弾

8節 爆弾

 さて、例の爆弾である。

 

 別の例を挙げて説明してみたい。静岡県島田市は、特殊製紙、実験機材、電波兵器などの軍需産業の他に、空中聴音機部隊や飛行隊と飛行場を持ち、中核都市ながらアメリカにとっては攻撃すべき目標であった。


 一九四五年七月、つまり終戦の三週間ほど前のこと、最初は富山を狙ったB-29(BはBomber、つまり爆撃機)が天候不良で果たせず、変更した目標として島田市が狙われたのである。このとき落とされた爆弾で四十九名の死者が出たと伝えられている。

 

 落とされた爆弾は通称「パンプキン(かぼちゃ)爆弾」。

 なんじゃこりゃというずんぐりしたかぼちゃに似た形と、とんでもない重量が特徴だが、同年八月九日、長崎に落とされた原子爆弾ファットマンと、瓜二つのそっくりさであった。つまりアメリカ軍は…島田市だけでなく、この他日本各地の48か所で原子爆弾投下の練習を行ったのである。パンプキン爆弾は四.五トンもの重量があり、1発落とせば当然飛行機は大揺れする。また投下後は全速力で避退する必要がある…だって原子爆弾だもん。したがって念には念を入れて投下訓練および落下軌道の確認をしたのであった。こうした確認試験に紛れる形で、実は本当に極秘の爆弾の投下が1回だけ行われている。ユキ一家を見舞ったのは、実にその爆弾であった。

 

 ユキの一家近くに落とされた爆弾について、『この爆弾について、公式の記録はない』と紹介した。それもそのはず、その正体は「通常爆弾型劣化ウラン弾」であり、「劣化ウランによる国土の汚染」を目的としたもので、史実からは完全に消されているからである。


 この爆弾は現代の「対戦車用劣化ウラン弾」とは性格が全く異なっている。アメリカは日本国土でのやっかいなゲリラ戦が予想される「日本本土決戦」を避けたかった。理由は、アメリカ兵士に多数の死傷者がでることが確実だったからである。またソ連ソビエト社会主義共和国連邦、現ロシア)の参戦が確実で、北海道や本州北部がソ連軍に占領される前に大日本帝国を降伏させたかったからでもある。

 さらに今後起こるはずの共産主義国ソ連(現ロシア)や中国との対決のために、健全な兵士を温存する必要があったからだ。またそうしなければいけない事情… 大統領選挙で勝つために… があったのだ。

 

 だから日本をやっつけるには、手段は問わずなるべく省エネで行きたいものだ、イエローモンキー(日本人の蔑称)は「神の子」の人類というより「モンキー」なんだから何をしてもいいだろう… それが偽らざる本音であっただろう。

 この爆弾には、日本人が住める国土を狭くして、ボディブローのように国民を痛めつけるという狙いが隠されていた。

 

 黄色いジャップ(これも日本人の蔑称)にお見舞いしてやるための爆弾… それを極秘にする理由は簡単だ。現代流に言えば、それはダーティ極まりない「汚い核物質バラマキ爆弾」であり、バレたら強い国際的非難を招くものだからである。ゆえにアメリカ政府や軍内部でもおそらく数人単位でしか知りえない性質の情報であり、トップシークレット(コンフィデンシャル、機密)であったのだ。

 

 では「劣化ウラン」となにか。
 第二次世界大戦の頃、戦車の装甲はただ厚く、砲弾を通さない強さだけを持つ素材で作られていた。アメリカ軍は「バズーカ砲」という新兵器を開発して、相手国の戦車次々を打ち破っていった。バズーカとは命中した瞬間、先端がスリ鉢型に成形された火薬の威力がまっすぐ前だけに集中する「モンロー効果」と呼ばれる作用で、火柱が防御鋼鈑を突破する砲弾の形式を指す。この方式は、対戦車砲弾自体の発射速度はあまり必要がない(つまり発射時の反動が少なくできる)ため、現在でも歩兵の対戦車戦兵器として用いられている。


 大戦後の敵味方互いの研究の中で、戦車には異なる素材や二重の防御鋼鈑などの複合装甲を装備したり、対戦車段が命中した瞬間に防御鋼鈑自体に仕掛けた火薬を爆発させてモンロー効果を削いだりする防御方法が考案され、実用化された。バズーカはかつての威力を失い、今度は対戦車砲弾が進化する番になった。

 

 次世代の対戦車砲弾は、小さくて重く、細くて硬い弾体で、しゃにむに複合装甲を一点突破するタイプであった。したがってその素材は、原子番号が大きく、単位体積あたりの質量が大きく、しかも硬いものが適しているので、通常は元素記号Wのタングステンという金属を用いる。そしてU(ウラン)という元素も、Wと類似した性質を持っているため、同じ用途に使える金属なのである。

 

 Uは放射性元素であり、原子力発電にも用いられる元素として有名である。初期の原子爆弾にも使われ、ヒロシマに落とされた「原爆」にはウラン140ポンド(約65kg)が含まれ、そのうちの約1.4%(約880g)ほどが核分裂反応を起こしたと計算されている。そのウラン880gの威力は、TNTという高性能火薬約に換算して約15000トンとされ、ヒロシマは一瞬で焼け野原と化したのである。

 

 かの有名なアインシュタイン相対性理論を端的に示す式


  E = mc2  Eはエネルギー、mは質量、cは光速:約30万(km/秒)

によると、E(エネルギー)は質量(≒1gがかかった地上での重さ)と等価、つまり変換できるものであり、僅かな質量が膨大なエネルギーに変わってしまった結果が、あの惨状だったのだ。

 

 そう、「劣化ウラン」の話の途中だった。
 原子番号92のウランを越える原子番号の天然元素は天然には存在しない(僅かに存在することがあとで判明)。原子炉や原子爆弾の素材として必要なのはウラン235(ウランの約0.7%を占める)であり、必要ではないウラン238(ウランの約99.3%を占める)が多すぎて、そのままでは役に立たない。そこで六フッ化ウラン(UF6)という気体に変えてから、ガス遠心分離機やレーザー光等を用いて軽いウラン235を集め、20%以上に濃縮していくのである。このとき不要なウラン238は当然余ることになるが、低レベルながら放射性ウラン235を含むので、迂闊に廃棄できない危険な廃棄物になる。そして当然のように、上に書いた弾頭材料として兵器に利用されるのだ。


 しかしこれも当然のことながら、放射線源であるウラン235少量を含むため、劣化ウラン弾が実用された地域、たとえば湾岸戦争で地上戦が行われた地域では放射能汚染が起き、がんや胎児の奇形が続出したと言われるような、たいへん危険なシロモノである。

 

 ユキ一族の棲む上空に落とされた 「国土の汚染を目的とした劣化ウラン弾」とは何か。端的に言えば、それは劣化ウランで包んだ通常型爆弾である。つまりは、原爆製造の過程で廃棄物になった劣化ウランそのものを、爆薬で広範囲にまき散らすタイプであり、特に風下では数十km以上の放射能汚染を招くはずだった。目的は瞬間的殺人や火災や破壊ではなく、放射線汚染そのもので国土を痛めつけ、じわじわと食料を汚染し、住める土地を奪い、日本人を死の淵に追いつめていくことであった。

 

 幸か不幸か、この爆弾は不発で予定どおりの爆発は起きず、ほんの一部の小規模な汚染が起きただけで済んだため、戦後の混乱もあって一般に知られることはなかった。破損した弾体は、あとで密かに回収されている。

 ここではデマを防ぐために、都市の名前を挙げるのも遠慮しておこう。

 

 それでも、放射能汚染はユキ一族の生活範囲を確実に捉えていた。ヘビの移動力でなんとかなる距離ではなく、おとなしく寝ているしか方法はなかったのである。


 そして… 影響は徐々に表れてきた。良い意味でも、悪い意味でも。

 

 またそれに拍車をかけたのが、殺虫剤「DDT」の相乗的作用であった。
DDTは「ジクロロ ジフェニール トリクロロエタン」の略称で、太平洋戦争後に進駐軍が持ちこみ、衛生状況の悪かった日本に「殺虫剤」として大量に散布された。しかし脊椎動物にも「性ホルモン」的な作用や発がん性、催奇形性、突然変異原性を及ぼしたのである。


 無論放射能汚染やDDTの「直接的影響」なのかどうかは不明だが、無関係とも言い切れない。この辺の事情は原発事故と同様な曖昧さでしか表現することができないだろう。

 そのせいか、因果関係を確実に証明することはできないが、ユキ一族には「常識では考えられない変異」が続いて起きた。それはもはや「進化」ともいうべきものだったかも知れない。

 

 

魅入られて 2-7 予知

7節 予知

 

 世は明治、大正、昭和、平成、令和と進み、世相や人心も遷り変わりもまた甚だしい。

 

 和装は洋装に置き換えられ、髷を結うものは絶無と言っても良い。たまに観光地や京都などで見かけることがあっても、それはTVや映画の撮影だったり、エキストラが誇らしげになんとなさげに目的をもって電車に乗ったりして見せつけるように着ているものである。無知と無教養がブランド化して、大いに流行したこともあった。

 大袈裟に言えば、あたかも末法の世の現出のようでもある。


 そして… コミュニケーションツールの変遷こそ著しかった。

 

 かつての「手紙」や「駕籠」や「早馬」といった手段は、文明開化とともに有線ケーブルを用いた「電信」「電報」「電話」に置き換えられた。しかし…なにかと有線ケーブルは不便でもあった。

 

 無線的通信手段としては、「太鼓の音」のような音波と聴覚的手段を用いたもの、「狼煙(のろし)」のような光と視覚的手段を用いたもの、「伝書バト」のように、非・人的手段を用いたものがあった。いずれも起源はわかっていない。これらの手段に共通する欠点は、情報量が少なく一方向であること、不明確なことを問い合わせられないこと、情報手段を他の者に知られ、逆情報として利用されたときに致命的なダメージを受けることである。

 

 第一次大戦中、ドイツで苦戦中のカナダ大隊が伝書用の「ハト」の補給を受けたときのこと。しかし、腹の空いた兵隊は伝書用には使わず、名物の「ハト肉のミートパイ」にして食べてしまったというエピソードさえある。こうなるとハトにとっては「味方はいなくて全員が敵」という皮肉な結果になるわけだ。


 ハトぽっぽは、相手(つまり敵)にとっては知られたくない情報を運ぶ侮りがたい敵であり、現に『相手陣地に向かって飛ぶハトは全て撃ち落とせ』という命令の記録さえ遺っている。第一次世界大戦の陸上戦は塹壕戦(ざんごうせん:地面を掘った溝を陣地にして戦ったり待機したりする戦い方)が多かったから、これは当然の命令といえるだろう。戦争の前では、ハトぽっぽが可哀そうなどという感情は何の意味もない。


 日本のハトぽっぽ政権はとんちんかんなことばかり… いや、やめておこう。

 

 ドイツ人ヘルツが発信機および受信機の基本を発明すると、イタリア人マルコーニらはこれを実用化しようと工夫を重ねた。はじめは数百mだった伝送距離は6.6km、16kmと伸び、やがて陸上と船舶の間の66海里(約120km)を結べるようになったという。


 1901年には大西洋を挟んだ2点、およそ3500kmの伝送実験に成功したと言われ、港湾施設や船舶への設置が行われるようになった。とくに、あの「タイタニック」の救難信号「SOS: ・・・ー ー ―・・・ ・・・ー ー ―・・・ 」が受信された事実が伝わってからは、一気に装備の普及が進んだと言われている。

 

  「モールス符号を用いた電気通信(電信)」は、当然ながら外交的および軍事的な要求からまたたく間に普及した。例えば日本とヨーロッパの間の通信は、手紙や人間ではスエズ運河を使ってさえ、最短で二か月は見込む必要があった。しかし無線電信ならば、いくつかの中継所を用いて、即日に近く伝わるのである。


 もっとも… 中継所近くやその他の場所でもアンテナと受信機(レシーバー)さえあれば盗聴は可能であり、筒抜けを防ぐためには「暗号」を用いる必要はあったが…


 かといって有線通信もやはり危ない。現に日露戦争から太平洋戦争中の大日本帝国と欧州諸国の政府間、または大使館等のやりとりは、ロシアによって盗聴されていた。電話会社のケーブルは「シベリア鉄道」に沿って敷設されていたのである。そして言うまでもなく「シベリア鉄道」の元締めはロシアであり、電話会社の大株主もまたロシアであった…


 暗号解読の理屈は面白いが、いざやるとなると途方もない根気と労力と紙とが必要である。

 例えばアメリカ軍の暗号解読メンバーは、日本語の官庁のコトバの特徴に目をつけ、これを解く参考書にしたという。


 例えば文の語尾には

  …アリ

  …ナリ

  …スベシ

  …ナドトイフ(などと言う)

などというコトバが多用されること。


  マスマス

  シバシバ

  タビタビ

などのメガネコトバがシバシバ使われること。


 そんな特徴を把握分析しつつ、怪しそうな誰かの身分照会をしてみたりするのだ。


 仮に露国人(ロシア人)プーチルの身分照会をすると、日本政府からはアメリカの日本大使館に向かって暗号で回答①があるだろう。

 日本大使館ではそれを翻訳、平文化(普通の文に変える)して回答②を寄越すだろう。


 暗号化された①と②を比べれば、たとえ語順を入れ替えてあったとしても、必ずなヒントは掴める。そこには露国人プーチルの名前が何度も現れているだろうし、語尾やメガネコトバなども重大な目印になるだろう。

 日本語の構造は特殊で、どの言語よりも難しい…とされてきたが、こうしたアタックを何度も繰り返していけばいつか解けるものらしい。


 だから…暗号というものは本当はシバシバ変更する必要があるのだが、手間もカネもかかるうえに効果が見えにくいものだ。変更した場合でも全面的変更ではなくマイナー変更が多かったという。

 つまり…日本の暗号は、使い方を誤ったせいで、思うより脆弱だったのだ。


 そんなワケで… 昔の暗号は、まあ数と頑張りで解けたものらしい。

 現代人の量子化暗号は解読が不可能とも言われている。しかし、いつか解ける日も来ることだろう。

 

 無線通信も始めはトンツー方式で伝送の遅いのモールス信号から、AMやSSBの片通話方式(シンプレックス:ひとりが話す間、もうひとりは聞くだけ)へ、やがては周波数を浪費するが音質の良いFMに代わり、いまでは携帯電話による両通話方式(デュープレックス:ふたりが同時に普通に会話できる)があたりまえとなっている。

 

 これがまた… アプリ(アプリケーション)によっては企業からの広告収入のおかげで、料金さえ無料というウソのような世の中で… ユキ(蛇塚の起源にあたる蛇)や弥吉(ユキを斬って重症を負わせたあと、自らの過失で失血死した人間)の時代とはまさに隔世。
 しかし、ユキたちの執念と怨念は、二百余年を超えて一族に受け継がれていた。

 

 ユキ、そしてユキの子にあたるアオとギンはあれからどうなったか。

 そう、彼らの会話術は着実に進歩していた。もともと、ヘビとは穴居性のトカゲが肢を失くした一族である。暗い場所での生活に適応するのは早かった。また暗いがために、視覚は衰えたが聴覚や嗅覚が異様に発達し、第6感が鋭くなっていた。


 ヤコブソン器官を酷使、と言えるほどに用いた結果、特に大脳皮質の発達が著しくなった。ヒトのそばにいる生活が、彼らに言語と教養を与えた。
 ただ… それだけのことならば、単に「少々変わった頭良さげなヘビの誕生」で終わったことだろう。

 

 不思議で不幸な偶然は、太平洋戦争によってアメリカ軍によってもたらされたと思われる。

 その偶然とは… 燃焼性のナパーム弾による爆撃と、現在でも極秘の「通常爆弾型劣化ウラン弾」と戦後の進駐軍がもたらした殺虫剤「DDT(Dichloro-diphenyl-trichloroethane:ジクロロ・ジフェニール・トリクロロエタン)」の相乗的作用とでも説明するしかない、不可思議な突然変異だった。


 ナパーム弾は、ガソリンに粘り気を与え、木造家屋を焼き尽くすことに特化した、あまりにも有名な爆弾である。1945年3月10日、非武装の日本人を含めた「無差別爆撃」で東京の下町あたりを焼き払ったアノ爆弾である。

 

 ナパーム弾は蛇一族の棲む町にも落とされた。一族は空襲の不幸を予見したものの、穴から出る方がむしろ危険だという予測で一致した。結果的に周囲2km以内で焼け残った建物はなかった。しかし一族の住処周辺は爆弾の直撃を免れ、地下であるがために熱風と酸素欠乏と一酸化炭素による酸欠死を迎えずにすんだのだ。たしかにエサである小動物や虫が減って、飢えに苦しむ日々はあったが、もともと変温動物で絶食には相当強いことが幸いした。

 

 それから三か月ほど経ったある日のこと、4機の戦闘機に続いて1機の爆撃機がやってきた。一族はこれも予見していた。しかし誰も、どこにも逃げることはなかった。この住処を出ることは、すなわち死ぬことだと誰もが予見し、逃げ出すことを拒んだからである。誰かが住処の下層に移動すると不安感が減ることに気付き、みんなで下層へ移動し、さらに下層階を住みやすく整えて、運命の日を待つことにしていたのである。爆撃機は落とした… 運命の一弾を。


 この爆弾について、公式の記録はない。しかし…通常の空襲ではなかったことを、さまざまな状況証拠がしめしていた。

 

 予見。あらかじめ、つまり事前に予知すること。

 そんなことが可能なのか、という前に、実際そんな体験はないだろうか。
いわく、正夢。いわく、ムシの知らせ。いわく、第六感。いわく、デジャブ(既視感)。古今東西を問わず、そんな体験があったからこそ生まれたコトバであるにちがいない。

 

 私は、家族のだれもが気付かなかった泥棒の襲来を、感知したことがある…2回も。


明らかに痕跡が遺っていたから、来たことだけは間違いない。
 一度目は庭中に地下足袋の足跡と「大便」が。
 二度目には雨戸を鑿(ノミ)で削って外そうとした痕跡が。


 あのとき私が騒いで一家が起きなければどうなっていたかは誰にもわからない。少なくとも… 平和の使者でないことはたしかであった。子供の頃の、おそらくはリアルタイムのまがまがしくもひそやかな物音を無意識で感じた感覚であり、予知とするのは烏滸がましいかもしれない。
  
 しかし… 今回の、この大大大災難を感じることはできなかったしな…

 いやちょっと待てよ…

 この高校への転勤をあんなに身体がイヤがっていたじゃないか…

 

話を戻そう。

 普段の観察や経験を通して、何らかの異変に意識しなくても勘づくことが大切なのだが、必ずしも正鵠を射るわけではないことが、学問として認められない理由だろう。


 蛇一族の「勘」は、このところもはや「予知」と言えるまでの練度に達していたが、ときに外れることもあった。そのために重大な行動を伴う「予知」は、一家で情報を交換し、同意する必要があったのである。


 

魅入られて 2-6 途絶

6節 途絶


 何度目かの「SNS中断と再開」を経て交流は続いていた。そういう点では、私にも責任はあることは自覚している。 

 ただ、共に相手を想い合っているという確信は、恋は盲目とまではいかないまでも周囲を軽くみてしまうことに繋がってしまっていた。


 ラインは相手の情報がある程度残ってしまう。表示される名前を変えても、会話の内容を見れば、相手の特定は容易だろう。警戒すべきはアカネの親だから、これでは意味がない。インスタグラムのアカウント(垢)は頑張れば5つほど持てるし、お互いが知っている。


 そこでお互いがお互い専用の垢を持ち、フォローし合わない関係を維持することにした。一見無関係の、実は親密な関係である。これでDMも送れるしビデオ通話もできる。文の中で私たちは「ブルー」と「モエ」になり、互いに呼び合うことにした。お互い事情が許すときにはビデオ通話にして、声を忍び、互いの顔を映し合って無声音でささやきあうのだ。


『大好き』
「ありがとう」
『会いたいね』
「そう、隣がいいね」
『手をつないで』
「手に汗かいちゃう」


 時にアカネは大胆だった。寝起きのスッピン顔でビデオ通話に出てきたこともある。もう少ししたら出掛けるからと、更衣しながらビデオ通話してきたこともある。当然服は着用していたが、際どかったことも否定はできない。だって…下着だけだなんて思わなかったぜぃ。

 また2度ほどはシャワールームからの通話があって… さすがに声だけで…自分の姿をカメラに向けることはなかった。当たり前か…


 そうしてアカネが自然に心を許してくれていたことに満足していた。ただし、大切な後始末を忘れてはならない。今夜の会話が終わったら、DMの会話を削除すること。アカネはたいていこれを守ってくれていたようだが、たまに忘れることもあって私をヒヤヒヤさせた。


 私のインスタ秘密垢はフォローもせず、されず、写真を載せるわけでもなくストーリーズへの参加もなく見た目マッサラのままだった。目的はDM、ときにビデオだったから、当たり前だ。下手に何かの手掛かりを残して、周囲に気付かれたくはない。


 プロフィール写真は花などでごまかし、書いてある名前も内容もデタラメ、まあ何でも良かったワケだ。ときおり似たような垢を見掛けることがあるが、たぶんそういう事情なのかとスルーすることにしている。


 アキの場合、アキのお気に入りのキャラをプロフィール写真にしたら、周囲に『あの垢アキのでしょ?』と指摘されたそうだ。げにJK集団はおそロシア


 アカネはさすがに心得ていて、まるでガサツな男みたいなプロフィール写真だった。名前は「ホダカ」だって、ヒヒヒヒヒ。


 毎日が消化試合のように過ぎていった。一生懸命でないとは言えないが、打ち込んでいるとまでは言えない。この半端な気持ちが繰り返されて、時に叫びたくなることもあった。


 そのへんは生徒さんと「お互いさま」と言える状況だったかもしれない。


 打ち込んではいなくても、私の授業の質は悪くはないと思っていた。それは…どの高校でも、誰が作ったテストであっても、私の担当クラスの平均点は悪くても互角、たいていは数点は上だったからだし、赤点(欠点)を滅多に出さない…というか出す必要がない成績を生徒諸君が獲得してくれたからでもある。むろん普段から意識しないとこういう成果の差は表れないものだ。


 ときには授業中にはこんなことを言って気を引くのだ。


「さて、今日は次の期末テストの問題をバラシテ… 知りたい?」
『知りたい! 教えてください』
ノリの良い生徒さんが声を上げてくれる。


「じゃ、公開で教えちゃうから、しっかりマスターしてよ」
『ええ、それ難しいですか?』
「そうくると思って覚える方法を考えといたよ。知りたい?」
『しりた~い!(多数) おしえて~(多数)』


「じゃ、ちゃんとやってよ。みんなができないと、私虚しいじゃん」
『まかせてください』
と応えるのはお調子者である… なんちゃって。協力してくれてありがとう。

 

 ただ、こちとら生徒が何と言おうと、結局は説明するつもりなのだ。


「ホルモンの暗記とかさ、ヒトの顔と名前と性格と趣味を一致させるようなもんだから。いろいろ関連させた連歌を作ったから、参考にして覚えてね。いくよ」


 パソコン画面を黒板に投影しながら、例えばホルモンの名称と働きと内分泌線の名称を関連付けるフレーズを紹介し、必要なところは板書する。むろん私のオリジナル作品である。


【語呂合わせ連歌】:血糖値に関わるホルモンと部位と作用の覚え方


① 乱暴飲酒、 健康低下  ← 常識がツールに! 
 すい臓ランゲルハンス島B細胞から出るインスリンは健康も血糖も下げる


② グリコランナー、 グルグル上昇(グ〇コのランニングおじさんのイメージ)
 グリコーゲンは、すい臓ランゲルハンス島A細胞が出すグルカゴンが肝臓に働きかけることでグルコースに分解され、血糖が上昇する


③ あ、どれ上昇?  服ジーンズ?  
 アドレナリンでも血糖上昇、副腎髄質


④ 被服担当官、こっち来いよ!   ← ランニングもジーンズも服繋がり
 副腎皮質は、肝臓にタンパク質を糖化するように命じる「糖質コルチコイド」を分泌する《登録販売の問題では「アルデステロン」という名になる》



【語呂合わせ5・7・5】:その他ホルモンの部位と作用の覚え方


⑤ 紅葉の 水彩、九州ソバ農家
 後葉から出る 水(みず)の再吸収を促進するホルモンは
  バソ(そば)プレシン、脳下垂体…


⑥ 骨太な パラリンピックの 服向上
 骨太でCaを連想してください…  パラトルモンは Ca(カルシウム)と
 P(リン)の調節、副甲状腺


⑦ 工場で チロッと愛して 変態か?
 甲状腺が出す チロキシンはI(あい:ヨウ素)を含み、 両生類の変態や、
 異化(細胞の代謝)を促す


⑧ 火吹く人 納豆すすって ここ来いよ
 副腎皮質から出て 原尿からのNa(ナトリウム)イオンの再吸収(啜る)に
  関わるのは 鉱(コう)質(コ)ルチ(コ)イド。
 ちなみに人(ヒト)はジン(腎臓)の読みとかけてあります。


「ここは無理やりでもマスターするしかないところなんだよ

からしっかり覚えてね。
次回からしつこく小テストやるから…いいね」


『え、むり~』と『わかんな~い』と『やだぁ』の声が交錯する


「でも何にもないよりはラクになったでしょ? 
 私も赤点出したくないし、全員がここだけはちゃんとやっといてよ」

こういうダメ押しも結構重要だったりする。


 こんな感じで授業を進めていても、内面は鬱病のようだった。


私はいったい何をしているのか…


 なのに…周囲の方に、ときどき「明るい人物」だと言われたのは不思議だった。
そんな…無論演技だ。



 インスタ交際は誰にも悟られず順調に続いていた。もしかしたらユリだけは知っていたかも知れない。ときに深夜におよび、アカネが寝落ちしてしまうこともあった。


『温もりがほしくない?』
「ほしい、アンカ!」
『そんなときどうする』
「アンカを作るか、買う」
『いるじゃん』
「会えないじゃん」
『会いたいね』


「そうだな… フクロウさんになる」
『ホー なって?』
「アカネのとこに飛んでく」
『きてきて! はやく』
「窓開けといて」
『まってる』


「アカネの家ってどこ?」
『駅前近くのファミレスわかる?』
「うむ」
『歩いて東に五十歩』
「あの辺かな」
『そこのお家の北側の、桃色のお家だよ』
「いくぅ」
『ねぇまってる』


 しかしなぜか十一月上旬になって、会話の内容が一変した。会話も甘えもないわけではないが、なぜか「ゲノム」とか「DNA」というコトバについての質問がやたらに増えてきたのだ。


『教えて!』
「なんでもどうぞ」
『ゲノムって結局何?』
「その生物に必要最少の遺伝子セット。去年教わったら? 誰かにさ」
『ほぼ寝てたもん。最近知りたくてさ、それどういう意味?』


「ヒトなら染色体46本中の半数23本分。精子や卵細胞1つの中に入ってる染色体だよ」

『どの生き物も同じ?』
ショウジョウバエ8本、エンドウ14本、ザリガニは200とか」
『ヘビさんは?』
「シマヘビは16本、だから1ゲノムは8本だね。他は知らない」
『それで性別が決まる?』
「そういうのも、違うのもいるよ」


 脊椎動物の哺乳類はX染色体2本がメス、X1本Y染色体1本がオスになるけど、ワニやカメなどの爬虫類は、染色体よりもむしろ卵の孵化までの温度が重要だ。たとえばミシシッピーワニは、30℃ではすべてメスに、33.5℃で孵卵するとすべてオスになるという。


『先生、たとえば人間とヘビは合いの子はできる?』
「いまのテクでは無理」
『DNAが違うから?』
「DNA数=染色体数。そこにある遺伝子の種類も数も違うから」


「でも染色体ってみんなXみたいな塊でしょ?」
「うん。そのDNAの長さとか遺伝子の種類や数や並び方は、生き物ごとに違うんだ」
『むずいね』
「ヒトでは遺伝子2万種、タンパク10万種、染色体のDNAを繋ぐと1m、塩基対数約30億」

「待って先生、頭痛来た」

ざっとこんな感じである。


 唐突にアカネが登校してこなくなった。朝起きて来ないので兄が様子を見にいったところ、意識を失くしたアカネを発見したらしい、とユリが話してくれた。ただ…心当たりはないこともない。実は直前の日曜日の午前、アカネとはこんな会話をしていたからだ。


『ねえ今から会ってくれない?』
「それは無理。生徒だし、スマホGPS監視付きだろ?」
『今日は大丈夫。家族いないの』
「…とはいえ、今からお出かけ」
『先生ひとりで?』
「ふたりで」


『ねえどうしてもだめ? 3時間後でも』
「うん。じゃ明日学校で」
『今じゃないと意味がないの』
「そんな緊急?」
『アカネには緊急なの!』
「だから無理だって… じゃ出掛けるよ」


『そっか。アカネは大事じゃない?』
「大事だけど、今は無理」
『そう、あきらめるよ』
「削除お願い」
『はぁい』


 こんな会話の後だから…気にならないワケがない。しかし…これを他人に語るワケにはいかなかった。


 かつての問わず語りでは、アカネの家族は母、兄、アキ、弟の4人で、親戚は北関東に多く、お墓は栃木だか群馬方面らしい。私を気に入った理由の1つが「父」を求める気持ちであったのだろう。家計が苦しそうな形跡は感じたことがなく、それなり潤った生活をしていたはずだ。何度か見た写真や送られてきた写真でも、身形は常にファッショナブルだった。でも何度か隠れバイトをしたとも言っていたし、正確なことはわからない。水泳で鍛えた身体にいったい何が起きたのだろう? 


 あるいは、もしかして…



魅入られて 2-4 継続  2-5 処分

4節 継続

 

 十月上旬、あのあと教育委員会の沙汰を待つ間に修学旅行があった。

 

 学校にとってすでに「問題教員」だったのに、こういう引率はしっかり行かされた。ほんと行きたくないのにね… 

 体調管理に自信がない私は、海外とはいえまずます近めの台湾で良かったと、自分を納得させていた。これならいざとなれば泳いで帰れるし…

 

 いや、ムリだってば…

 

 そんなたわごとを言いたくなるくらいに… 実は過去の修学旅行では幾度も幾度もひどい目にあっていたからである。発熱、不眠、中耳炎手術、行く前からの肺炎で引率交代。黒歴史を挙げると、自分がみじめになってくる。

 

 私が修学旅行の間、彼女たちは京都への研修旅行に出かける。この間だけは、アカネの親の監視の目も届くまい。ラインはすでにマークされている。私はスマホの任意提出を拒否したけれど、アカネの親がその後どうしたかはわからないし、両者の協議の様子もわからない。


 だから… アカネのスマホに県教委のサイバーパトロールの目が届いているのか…その実証も兼ねて、インスタグラムのDMで連絡を取ってみることにした… 結構勇気は必要だ。ただし、名前だけはせめて仮名にしようか。

 アカネは「サキ」、ユリは「ミユキ」、アキは「チアキ」、私は「本来の名前」ではなく、「先生」でもなく、ブルーと名乗ることにした。仲立ちはユリが喜んで務めてくれた…というより、ユリを経由してアカネからの提案があったのだ。

 

 初日はこんな様子だった。
『ブルー、久しぶり 実はヒドイ腹痛なの』
「懐かしいな、大丈夫?」
『風邪もヒドイ』
「今カラカエレ」
『ヤダ』
「ジャ オトナシクネテロ」
『ヤダ オハナシスル』

 

「ハハハ、モノズキダナ」
『サキは物好きじゃなくて、大好き… なんてね』
「おーまいがっ! サンキュ。ホント良く寝て、はよ治せ… 祈ってる」
『ありがとう、でもこんな痛くて寝れない』
「ミユキと抱き合うのだ」
『ねむれなーい』

 

「じゃ、気持ちで傍に行くから… 好き おやすみ」
『やだ。チアキもミユキも寝てる サキ眠くないの』

 

「じゃ、ちょっとな。嬉しいけどね、甘えんぼちゃん」
『やった! 台湾ってお土産何?』
「なんだろ… 激臭い臭豆腐かな? 京都は?」
『え それ要らない! 京都は八つ橋か漬物(笑)?』

金閣の白砂、オタベの女の子」

『あ、浮気っ!』

「それ持ってきてくれる女の子」

『うっふん💛 待ってて』

「もちろん。こうかん!」

『ねえ』

「ん?」

「ひらがなさ、わざと?」

『わかった? するどい』

『ねぇ、おうちが恋しい ブルーが恋しい』

「隣で旅したいね、ずっと手を繋いでさ」
『絶対楽しいよね』
「同感」
『約束して』
「うん、いつかね。そう祈ってくる」
『どこで?』
「叶えてくれそうなとこ。さ、目を瞑って」
『寝たら夢に出てきてくれる?』
「かならず行くよ。今日はもうおやすみ」

『明日も連絡してね、待ってるから』
「ついついサキのこと考えちゃう」
『サキもブルーが好き おやすみ』
「おやすみ」

 

 また最終日には
『ねえ、隣にいたいね 切ない』
「うん、瞳に吸い込まれたい」
『ブルー おかしくなってる?』
「なんでサキ」
『たぶん二度と言われないもん』
「そうかも… だけどいつも念じてる」
『旅行終わりたくない。連絡したい』
「そうだよね、耐えられない」
『じきバス着くよ 気持ちはずっといっしょだよ』

 

 帰着後はユリも含めてそっとお土産の交換をした。

 

 そのほかにも、ユリに気付かれないよう彼女の背中越しに「紅色の装飾が付いた髪飾り」をプレゼントとして渡し、アカネからはアキアカネがデザインされたネクタイピンを受け取った。互いの好感を込めての交換だった。

 

 その後はおとなしくSNSを休止し、十月中旬には県庁で事情を説明するハメになった。正直、もう来たくないと思ったのだが…

 

 この事情聴取… もっともらしくアホらしい質問とテキトーだらけの答弁の攻防が続くのだが… まあ自粛しておこうかな、いまのところは…

 

 脳の中では… 

 「ここで謹厳な顔をして責めて来るオジサマたちぁ」

 「私と同じ状況になったら…同じ以上の行動するよね、きっと」

 「まあ90%の方々は【とっくに堕とされてる】だろうな…」

 「私はまだそこまで【堕ちてない】んだよね」

 そんなふうな答弁だから… さ。

実際のところ90%では済まないと確信している。闇は深い。

 

 ただし… 条件はある。

少なくともJKに嫌われてはいない、という条件が…。

 


5節 処分

 

 ユリは学校外に新しく恋人ができ、先日はお泊りしたらしい。アキもお熱い青春真っただ中であり、その分アカネが気の毒だった。すれ違うとき目を合わせて笑い合ったり、人目が少ないときには軽く指でタッチしてくることもあった。
 あるとき、始業ベルが鳴る寸前の渡り廊下を私が渡るとき…良い子たちも教室で待っている時刻だが… アカネとユリが急いで対向してきたことがあった。周囲に他の生徒もセンセイも居ない。目で見詰め合ってしまったのは致し方ないだろう。しかし次の瞬間、すれ違いざまにアカネが手を握ってきて… なんて大胆な… 私は驚いた。

 

 もっと驚いたのは反射的に私も握り返してしまっていたこと… である。

二人共に…その手を離すのが惜しくて、三秒ほど手つなぎになってしまった。あとあとのアカネの話では、そのあとユリは何も言わなかったが、ただただ笑い転げていたという。


 ま、そりゃそうだろうな、うん。

 

 

 この間はアカネとのSNS連絡はほぼなく、たまにユリやアキが伝書鳩のようにアカネのメッセージを伝えてきただけだった。アカネは寂しかっただろうけど、私もひたすら寂しかった。今度の聴取の収穫は、十月の修学旅行中のインスタDMが発覚していなかったことだった。ふたりとも関係の再開を願っていたが、迂闊に動くのはまだ危険だと思っていた。

 

 それに… 近頃の私はなぜかひどく怖がりになった気がする。以前までは平気だった暗闇とかが何となく苦手になってきていた。
 こういったJKたちとの関係とかも同様で、用心深くなってきてもいるし、もう離れなきゃ大変なことになるかもしれないと考えこむことが多くなってきたのだ。

 

 しかし… 実際の態度に表すことができなかった。だって、男の子なんだもん…
いや違った… 出ない幽霊に怯えるのは「科学的な態度」とは言えないからだ。そしてそういった怯えを遥かに上回る誘惑が楽しくて魅力的だったからでもある。容易く色気に負ける、その心持ちが、やっぱり男の子なんだよな… うん。そこは男性なら必ずわかっていただけるはずだ。

 自身でおかしい、おかしいと思いながらも、物事に怯えやすくなったことがどうしようもない現実として立ちはだかるようになってきていた。

 


 そんな私に… 十月下旬になって、ようやく教育委員会からお呼び出しがあり、処分がくだされた。

 おーまいがっ!
どうなるんだ、私は…

 そんな、たいしたことはならないはずだ… と考えながらも、ただでさえビビりがちになった私は極度に不安に陥ってい。

 

 結果は「文書戒告」だった。

ふう…


 しかも処分は非公表で前歴も残らないものとされ、事実上の無罪にほっと一息をついたものである。

 …というのは、ビビりながらもすでに二人の連絡は再開されはじめていたからだ。

 

 この数日前にアキとアカネとユリが生物準備室にやってきた。


 アキがかりんとうを食べ、ユリが私と部活業務の打ち合わせをしている間、アカネは私の文房具に可愛いグラフィティ(落書き)を描いていった。そのグラフィティを、私はインスタ垢のプロフィール写真にした。インスタ垢には、電話や過去のインスタでフォローしたヒト同士を勝手に「推し」て表示する機能があるらしい。私の垢をを目ざとく見つけたユリとアカネが私にDMを送り…

 それをきっかけに、再びDM(ダイレクトメッセージ)ごっこを始めてしまったのである。

 

 性懲りのない私であり、アカネであった。しかも当時はそれを愛情だと信じていた。

 

 

魅入られて 2-3節 一族

3節 一族

 

「なぜ… ここ?」 ユキは訊ねた。

…というより詰問した。せっかく独り立ちできたのに… ユキとしては無念だった。


「行け… アオよ」
アオが静かに佇むうち、今度はギンが戻ってきた。ギンは小さなカエルを銜えていた。

 

 文明が発達しているはずの人類さえ、日常的に使う言葉は意外に少ない。ある言語学者によると、普通の会話はせいぜい千個程度の単語で構成できるという。


 学生時代に英語が苦手だったはずの人間が、ちょっと留学なりホームステイなりで経験を積むと、驚くほど流暢に外国語を操っていたりして驚いたことなんかないだろうか? しかし、もっと驚くのは、使っている単語自体はたいして難しいものでもなく、むしろありふれた簡単な単語を、うまいこと言い回していることだ。つまり、英語の辞書で学ぶようないちいち専門的な言い方や、高度な単語力は、実はさほど必要ないのである。


 そういう意味で、大学入試で用いるような単語や言い回しは日常会話には不要で、せいぜい文学を深く読む程度の御利益しかない。理系の論文を読んだり書いたりするには、たいした文法など必要無く、むしろ誤りを恐れず、堂々と主張できる度胸の方が大切であるような気がする。

 

 同様な例は、少しだけ意識をしさえすれば普段の生活のなかでもしばしば目にすることができる。

 たとえば… 我々は文明人だが、しかしたいていの文明人はマッチやライターなしでは火を起こすことさえできない。ましてや木や竹の加工、服やロープの製造、金属製造や切削などどれも無理っぽく、これではとうてい「文明人」の名には値しないではないか。文明人は社会の1つの歯車としては有能だが、個人としては未開人種にまったく敵いはしないのではないかと思うことがある。

 

 話を甕(カメ)の中に戻そう。

 ユキは半ば怒りながらギンの口に舌を入れて、尋ねた。


 「なぜ…? 戻る… ダメ」
ギンの口からはすでに小さなカエルが落ち、甕底の小さな水たまりでもがいていた。水たまりというより、排泄物で臭くて、発酵で酸っぱく、土でどろどろとしていた。

 

 『先 食べる あと 話』
 ギンはユキがここ数ケ月の間ほぼ絶食していたのを知っていたのである。今まで生き残ってくることができたのは、体温の維持にエネルギーを浪費しない変温動物ならでは特技のおかげだろう。

 

 言われてようやくユキは自身の空腹に気付いた。気付いた瞬間、舌がカエルを捜していた。ヤコブソン器官が臭いを捉えた。小さなカエルの、小さな蠢動がその位置を教えていた。久しぶりの生餌が喉元にたまらない快感だった。なかば恍惚としながら、ユキはそのまま動かなくなった… 眠ってしまったのである。


 さて… この「家族愛」的な「思いやり」は、ヘビの世界ではおそらく世界初の「人間的な出来事」だった。ギンの行動は… ヒトの近くで、ヒトの感情と言葉とを聞きながら育ったことと無縁ではありえない。アオも同様だが、彼は自身の食を得てから甕に戻ったところであり、カエルのお土産こそ持ってはいなかったが、ギンの為したことを見て自身のしたかったことを初めて理解することができたのだ。

 

 ユキにあったのは子を産み守り育てたいという母性であったが、例を挙げるまでのこともなく多くの動物で「母性」を観察することができる。しかし、ヒト以外で「子」が「親」を思いやることを観察できるだろうか?
 ギンはそういう意味で蛇族における感情の創始者であるとも言えよう。もっとも野生の動物にとって、これがシアワセな結果に結びつくかどうか、大いに疑わしい。

 

『…ねる』
子蛇も初めての外の世界にぐったりしていた。
『…ねる』
こうして三匹は眠りについた。

 

 ギンもアオも、初めての外の世界に疲れ切っていて、ちょうど休息が必要だった。腹も満たされていた。深い眠りだった。しかし… 今までとは意味が異なるような、深い深い眠りだった。起きた後にどんなことが起きるのか。そんなことはどうでも良いくらい、それぞれに疲れているのは確かだった。

 それにこの臭くて狭い空間は、三匹にとってはむしろ懐かしいほどの郷愁を帯びるものになっていた。


魅入られて 2-2 子蛇

2節 子蛇

 

 こうしてユキを納めた甕は、土のなかで長くゆるやかな時間を過ごすことになる。

 

 甕の上には近くの竹やぶから舞い降りる竹の葉が積もり、成長期のエノコログサやメヒシバが生い茂って、ひと月もすると単なる「盛り上がり」だけが名残りを示すようになっていた。マヌケ男が作ってくれた破孔からは最低限の通気を確保できたし、大雨の時には僅かながらも水分がしたたり落ちてくることもあった。むしろ大量に洩るようなら窒息死するしかない墓のような独房でもあった。

 

 身体が三分(さんぶ…9ミリメートル)ほどの酒に漬かる中、ユキは甕の底の真ん中に自分の肉片を集めて「丘」を作り、そこに卵を産むことができた。酒といっても… 現代の酒のアルコール分が16~18%程度であるのに対して、当時の酒のアルコール分は5%程度、つまり相当に薄いシロモノであった。だから少々飲んでも命に別状が出るほどの濃度ではなかったのだ。

 ユキは気が遠くなりながらも、ひたすらに甕の底一杯にとぐろを巻き、身体を張って卵が動かないように、そして酒に触れないよう空気中に支え続けた。

 

 鳥類の場合、抱卵中の親鳥は、温めムラが生じたり、殻とヒナとが癒着しないように何度も何度も「転卵」を行う。しかし爬虫類では基本卵は産みっぱなしにされる。

 実は「転卵」すると子蛇が孵化することはない… 死んでしまうのだ。本能的にそれを悟っていたユキは、一度体勢を決めるとあとは仏像のように動かなくなった。


 二ヶ月ほどが過ぎ、酒のアルコールも水分も徐々に蒸発して少なくなったころに子蛇が生まれた。子蛇に食わせるものは… 子蛇が勝手に食いつくのだが… 腐臭に釣られて甕に入って来る虫やコバエ、ナメクジなど何でも良かったのだ。とにかく食えれば良い… 


 それもない時には、ちょうど酒というか… このころには酢酸菌によってエタノールからアセトアルデヒド、さらに酢酸にまで酸化され、うすい酢の臭いになった液体に保存された形になっている我が身を、子の顔の前で動かして見せて食わせた。この方法は、たまたまの偶然が生みだした試行錯誤の賜物であった。蛇は基本的に生き餌、または温度が周囲より高いものにしか食いつかない生物であるから、こうしたノウハウの発見は奇跡的であると言えるだろう。しかも子蛇のサバイバルのためには不可欠な「技術」でもあった。


 「強く育ちそうな子蛇」は、勝手に「見込みがなさそうな子蛇」を共食いして、ますます強く大きく育っていった。本来子蛇は孵化すればすぐ独り立ちするものだが、偶然のこの状況ではそれができず、自然と「育児のように」成長を見守ることになったのだ。

 

 共食い… というと何やら凄まじい修羅場を想像するが、それはヒトの倫理から見た価値観であろう。


 野生動物の中では共食いは珍しくはない。ワシやタカ、フクロウなどの猛禽類は、1つの卵を産み、それを温め始めてから数日経ったところでもう1つの卵を産む。当然最初の卵は先に孵化(ふか)することになり、先に成長を始める。
 後の卵が無事に孵っても、先に生まれたヒナの方が大きく強いため、親が運んでくるエサにありつくことは至難であり、よほどエサが豊富な年でないかぎり結局は第2子が餓死することになる。言い換えると、第2子ははじめから予備というか、スペアなのである。しかし結局は兄弟姉妹の血肉になるのだから、種族としては損したことにはなっていない。

 

 可愛い小鳥ちゃんはどうか?
 親は卵を毎朝一つずつ産み、必要数だけ産んでから温めにかかる。この時期の親の胸の毛が抜けて、しかも熱くなっている。熱くて仕方ないから、卵のような冷たいものに胸を押し付けるだけの行動なのだ。

 「抱卵は本能である」と言っても、実はこうした単純な行為が連鎖的に起こって、一見複雑かつ合理的な行動に見えるだけのものなのである。合理的な本能…遺伝的なプログラムを持った種は生き残り、そうでない種はいつの間にか絶滅して現代の生物相…ファウナ(動物相)やフローラ(植物相)が成立してきたのだ。


 小鳥たちのように必要数だけの卵を産んでから温めると、ヒナはほぼ同時に孵化することになる。ヒナ同士の直接食う食われるの関係は無くても、例えば巣の環境が落ち着かなかったり、天敵が近くをうろつくような場合には、親が子や卵を食べてしまう事件がちょいちょい起きる。
 この原因はむしろストレスであり、栄養分を捨てる気になれなかった結果といえるだろう。これも種族としては損したことにはなっていない。

 

 蛇の場合、ヒトに見られるような倫理観はまあゼロであり、特に子蛇たちはムシやらナメクジやら同時に孵った兄弟やら…弥吉に切られたユキの切り身の酒漬けを食っても、誰も気に病む者は居ない。

 

 蛇族は基本的に生餌や卵しか食べないが、ナメクジを食べようとしてたまたま一緒に口に入ってしまった肉片もまた「食物」であることを学習したのである。むろんそれが「酢」による防腐効果であまり腐敗していなかったことが大切なことだった。とにかく食えるもんは食うのだ。

 

 ユキは…というと、自身の切り身を食べるには、ヘビとして生きてきた年月が長すぎたのかも知れない。どんな動物でも、新しい経験を試みるためには、若さと柔軟な精神が必要なのだ。特に食欲性欲睡眠欲といった本能に近い部分での柔軟性に欠ける、言い換えれば融通や変更が効かない傾向が強い。

 

 同様に、ユキは子蛇どもを食べることを、特に理由はない…本能的としか説明できないが… 避けていた。どのみち、この甕から出ることはできないのだ。


 さて、こうして育った二匹の「選ばれし子蛇」は、ユキとともに農家の家のすぐ脇で生き延び、人語を聞きながら成長した。発声は出来なくても、おぼろげに人語の意味がわかるインテリ知性派の蛇に育っていったのである。同時におぼろげながらも「感情」というものが芽生え始めていた。端的には愛や憎しみの気持ちと言っても良いだろう。

 

 さらに… 言葉の意味を三匹の蛇が理解するにつれて、自らの意思を伝える手段が編み出された。

 そもそも蛇には耳の穴がない。あると土や石が入ってしまうだろう。しかし内耳はあって音は聞こえている。

 身体が触れているもの、例えば土や木の枝の振動を皮膚で捉え、骨伝導のように伝わった振動を内耳で「音」として感じるのだ。いわば全身が耳ともいえるシステムである。では「声」はどうするのだ?

 

 世界各地の地底湖等では、目のないサカナや無脊椎動物が発見されることがある。

 ある学者によれば、生物のエネルギー消費の十五%が脳の活動も含めた「視覚」に費やされるという。だから目が役立たない環境では、いとも簡単に視覚が省略されていくのだそうだ。真っ暗な中では、視力に必要なエネルギーはすべて無駄になるからである。

 ユキたちのように、たった一代ではそこまで劇的な変化は起きることはない。しかし、視力を使わなくなると他の感覚が異様に発達してくる。むろん脳の発達具合も連動する。音や臭い、さらに触覚などに異常とも言えるくらい鋭敏になってくるのだ。そういうユキたちには「声」は必要がなかった。

 

 ひとつには呼気と吸気による僅かな音… 簡単な、たとえばイエスかノーかくらいならそれで充分用は足りる。さらに、もともと蛇は穴居性が強く、また誰にも負けない素晴らしい装置を生まれ付き備えている。それがあのチロリチロリと出てくる舌ベロである。空気中の「揮発した分子」を舌に付けて集めている動作がソレで、下に付着した分子は、口のなかにある「ヤコブソン器官」で分析されて、「匂い」として感知されることになる。

 

 ユキたちは自身の舌の動きを、相手の「ヤコブソン器官」近くの触覚受容体に直接伝えることでコトバとして伝達する方法を編み出した。これは画期的とも言える発明である。そう… チョット見はキスしているようでも、ユキたちは真剣に会話しているのである。

 

 メスの子蛇は生まれてからしばらく日の光を浴びずに育ち、生まれながらの白い鱗(ウロコ)がまばゆいばかりに輝く銀白であった。それにちなんで、彼女を「ギン」と呼ぶことにしたい。

 もう一匹はオスであり、白いは白くても、やや青みがかった体色から「アオ」と名付けておこう。

 

 共に狭くて臭い空間にいるうち、彼らの間だけでも簡単な意思の疎通ができる「一家」が形成されていた。この「集団の意識」は、蛇という種族にとって、革命的に斬新だった。

 

 いよいよ、ギンとアオが甕の外に出るときが来た。甕のなかの食糧事情が最悪に落ち込んだからであり、外に出る体力と体長を備えたからでもある。子蛇の太さなら甕の小さな穴を通ることができたので、ユキが下から支えて押し出したのである。痩せて相当細くなってはきたものの、大きく太いユキは、やはり通ることはできなかったのだ。

 

 子蛇の独り立ちをユキは祝福した。親の使命は果たした、これで思い残すことなく死ねる。長い間解けることのなかった身体の緊張がバリバリと解けていった。排泄物の混じった酒は蒸発で減り続け、僅かなアルコールは酸化され尽くして「酢の臭い」になり、泥や糞と混じってドロドロしていた。それももうどうでも良かった。これからは… どうせ永い眠りに就くのだから。

 

 それから… 一晩経って、意外なことにアオが戻ってきた。


 

 

魅入られて 2-1-2

 蛇が嫌いという理由として、「まばたきをしないから」と言う方も多い。
もともと穴居性のトカゲから進化したのが蛇の仲間と言われている。穴の中では目に入る土や砂を手で払いのけるスペースはないし、トカゲの手はそこまで長くはない。手は引っかかるし、その分余計に穴を掘る必要もあるし、要するに邪魔なのだ。そもそもの目の構造上、土を払う手は不必要なのだ。

 

 ヒトの場合、角膜の上にコンタクトレンズを載せて使用しているが、ワニや蛇といった爬虫類は、角膜の上に初めから瞬膜(しゅんまく)という透明な膜が常時被さっているので、目に土が入ることはない。鳥類では、この瞬膜が時折上から瞬間的にまばたきをする様子を見ることができる。そして本物のまぶたは下から上に閉じて目を閉じて眠るのである。ヒトではこの瞬膜は目頭付近に「痕跡器官」として、控え目に遺っているに過ぎない。

 蛇にとっては、瞬膜と角膜の間はいわば体内であり、まぶたによるまばたきは必要が無いのだ。

 それでも瞬膜が 傷ついたりすることはある。しかしそこは彼ら一流の手段で、外皮まるごとを取り換えてしまう。蛇もワニも亀も… 爬虫類は脱皮のついでに、瞬膜も交換している。もし抜け殻を見る機会があれば、眼のあたりをじっくり観察してきていただきたい。そこに見える「眼」の跡、それが瞬膜である。

 

 こんな動画を見たことがある。

何かに夢中になっているネコの後方に、そっとキュウリを置いてみる。

ネコは気付かない。

 しかしキュウリに気付いた瞬間、ネコは飛び上って逃げるだろう。

それを見ていた人間は、あまりの豹変ぶりと大袈裟な反応に笑い転げる。

 別にキュウリでなくても良いのだ。やや太めの、長いものなら。

 

 そしてその行動は、ヘビを知らずに育ったネコにも見られるものなのだ。つまり… ネコは誰に教わらなくてもヘビの形状をしたものを本能的に恐れ避けていることになる。ネコだけでなく、恐らく哺乳類の頭脳には、ヘビの形状をしたものを反射的かつ本能的に逃避する「古くからの記憶」が受け継がれているらしい。哺乳類は中生代トリアス紀に誕生したとされているが、その当初からヘビは一番の天敵であったに違いない。

 長いものを恐れた者は生き残り、避けない仲間は… とっくに滅びたのだろう。

 

 蛇足が過ぎた。
 ユキは自分の命をとうに諦めていた。しかし腹の中の卵だけは何とか生き残らせたかった。交尾は済ませている。卵、卵だけでも甕の外に産み遺せれば… 暗い甕の中で、それだけを執念深く願い続けていた。 


 しかし思いを果たす前に、処刑のときがやってきた。弥吉がギトギトするほど研ぎ澄まされた鎌を持ってやってきたのである。頭の後ろの急所を押さえつけられた。もうあとはうねることしかできない。細かい言葉は覚えていないが、要するにひと思いに殺しはしない、じわじわ苦しみぬかせてやる、ということだろう。
 尾部を踏まれたあと、尾の先にひんやりする感触が十数回刻まれ、そのたびに肉片が増えていった。大小便に卵を産み出す総排泄孔をかすめた切断を最後に、今日のお仕置きは終わった。

 

 どういうわけか、斬られた肉片とともにユキは甕の中に戻された、上からほどほどの量のなにやら刺激のある液体が注がれ、また蓋が閉められた。蛇は水分を獲物から採り、直接に水を飲むことはまずない。しかし乾きかかり、出血も重なった体では刺激のあるこの液体を飲んでみるより仕方なかった。
 飲むとなにやら陶然として痛みが薄らいだ気がした。そう、この液体は酒であった。弥吉は蛇酒を造ろうとしていたのであろう。蛇酒は一気に溺死させず、なるべく蛇を苦しみもがかせて、精気を酒に溶け込ませるように造るのだというが、今回は急なことでもあり、酒自体が足りなかったこともあるだろう。また明日にでも買い足せば良いのだが、この徳利を容器として利用するには、いまこの甕の中にぶちまけておいた方が良いワケだ。なにせPETボトルなどがない時代なのである。ユキは切断されたことで、尾を利用して甕の縁まで立ち上がってみることも難しくなっていた。
 もう命を永らえ、卵を産み残す術はないように思えた。

 

 ところが、この瀬戸際になって、ようやく天が味方してくれるようになった。今までの不運を詫びるかのように、一転して偶然のような幸運が次々にユキを訪れた。
 もっとも深傷(ふかで)のユキにとっては、むしろ死んだ方がラクだったかも知れない。生き長らえる方がよほど過酷な運命だとも言えた。

 

 まず… 弥吉が転んで大量の出血に見舞われた。転びかけて何とか体勢を立て直すために手を振り上げたのだ。普段ならそれで良かった。しかしその日に限っては、その手に鎌が握られていたのである。恐ろしいほどの出血だった。内腿の動脈が切れた弥吉は意識を失い、生死の境を彷徨うことになった。
 
 もう一つの幸運は、縁者のひとりがやや迂闊者だったことである。弥吉の出血騒ぎでユキが入れられている甕(かめ)の、荒い木の蓋を開けて、改めて中を確認してみる気になったのだろう。ユキは痛み痺れと疲れとで、動くことができなかった。それをこの男は「死んでいる」と勘違いしたのである。弥吉は意識不明で、当面起きるまい。蛇はすでに死んでいる。なにか不吉だし、もう不要なら埋めてしまおうか。


 ヘビ嫌いのこの男は、甕の中を出して死骸だけを埋めるより、甕ごと全てを埋めてしまう方を選んだのだ。彼は息子を呼び、家の北側の縁の下に一緒に穴を掘り始めた。ここで決定的な幸運が舞い込むのである。この男の息子の鍬(くわ)は、土を埋め戻すときにわずかに甕に触れ、甕の肩の部分に少々の穴と亀裂が生じたのである。
実は男も気付いてはいた。しかし蛇はどうせ死んでいるのだし、これから埋めてすべては土に還るのである。